病院で働きながら、ときどき考えること
患者さんを支えること、働く人を守ること、そのあいだで考えること
朝、外来の待合室に少しずつ人が増えていく。
受付では名前が呼ばれ、電話が鳴り、検査の案内があり、診察を待つ人がいる。
誰かは痛みを抱えていて、誰かは不安を抱えていて、誰かは家族のことを心配しているーーー
私は、そういう場所で働いています。
その中にいると、ときどき立ち止まってしまうことがあります。
病院は、人の健康を支える場所です。
痛みや苦しさが少しでも和らげばいい。
困りごとが大きくなる前に支えられたらいい。
元気になって、もう来なくてよくなったらいい。
そう願いながら、たくさんの人が働いています。
だけど、医療を続けていくためには、元気になることを願いながら、患者さんに来てもらうことも必要になる。
ここに、割り切れなさを感じます。
日本では、多くの人が公的な医療保険に入っていて、比較的医療につながりやすいしくみがあります。
体調が悪いときに、医療にたどり着ける。
不安なときに、診てもらえる場所がある。
そういうしくみがあることは、とても大きな安心です。
でも同時に、病院は組織でもあります。
人を雇い、設備をととのえ、地域の医療を続けていくには、お金のことを考えないわけにはいきません。
日本の保険診療では、診察や検査、処置などに対して、診療報酬という点数があらかじめ決められています。
時間をかけたから、丁寧に対応したからといって、料金を自由に上げられるわけではないのです。
そして、その医療は、そこで働く人たちの時間や体力や判断にも支えられています。
やりがいや責任感だけで、医療を支え続けることはできません。
患者さんを守る場所であり続けるためには、働く人が守られていることも欠かせない。
必要な人が、必要なときに医療にたどり着けること。
その医療を、地域の中で続けていけること。
そして、そこで働く人たちも守られること。
そのどれも大切にしようとするとき、日本で医療を続けていくことの難しさを感じます。
病院にあるのは、医療を続ける側のことだけではありません。
そこに来る人の目の前には、症状だけでなく、自分や家族の身体と生活をめぐる心配があります。
この痛みは大丈夫なのか。
これからどうなるのか。
仕事や生活をどう調整すればいいのか。
家族として、どこまで支えればいいのか。
そうした問いにふれていると、診断や治療だけで区切れない場面が出てきます。
病気を診て、治療方針を考える。
安全を守りながら、本人や家族の思いを聞く。
その人がこれからどう生活していくのか、一緒に考える。
どれも、大切にしたいことです。
でも現場では、大切にしたいことが、別の大切なことによって簡単には進められなくなる場面があります。
もっと丁寧に話を聞きたいと思っても、次に待っている人がいる。
本人の希望を大切にしたい場面でも、安全の問題を無視することはできない。
家族の不安も、本人の意思も、働く人の限界も、同じ場に同時に存在しています。
それぞれに、切実さがある。
どれも大切だからこそ、苦しくなる。
医療現場には、ただ「忙しい」という言葉だけでは表しきれない苦しさがあります。
倫理的苦悩(moral distress)という言葉があります。
倫理的にはこうしたい、こうするべきだと感じていても、制度や時間、人手、立場などの制約によって、それができないときに生じる苦しさを指す言葉です。
医療現場にある疲れの一部は、この言葉と重なるところがあるように思います。
それは、ただ仕事量が多いという疲れだけではなく、こうしたいと思うことを十分にできないまま、次の判断に向かわなければならない苦しさでもあります。
以前の私は、こうした矛盾を見るたびに、どうするのが正しいのだろうと考えていました。
だけど最近は、正しさだけでは測れないこともあるのだと思うようになりました。
患者さんの健康を守ること。
働く人を守ること。
地域の医療を続けていくこと。
そのどれもが大切で、そのあいだで、日々たくさんの人が考え、迷い、折り合いを探しています。
病院は、人の命や健康を支える場所。
そして同時に、多くの人が迷いながら働いている場所でもある。
その矛盾を、なかったことにはしたくない。
なかったことにしてしまうと、そこで生まれる苦しさが、現場の慌ただしさや、働く人の耐える力の問題として片づけられてしまう気がするから。
医療を受ける人だけでなく、医療を届ける人もまた、ひとりの生活者としてそこにいる。
病院で働きながら、私はときどきそんなことを考えています。


とても考えさせられる記事をありがとうございます。
患者さんを支えること、そこで働く人たちを守ること、そして病院という組織を維持していくこと。その間にある矛盾や難しさは、私自身もとても関心を持っているテーマです。
私はドイツに住んでいますが、実はここ数週間、私自身も病院で多くの時間を過ごしました。その経験を通して、あなたが日本の医療現場について書かれていることと、ドイツの状況には驚くほど多くの共通点があると感じました。
ドイツでも、多くの医療従事者は本当は患者さん一人ひとりにもっと時間をかけたいと思っています。しかし同時に、人手不足、時間的な制約、そして経済的な事情が日々の医療現場に大きな影響を与えています。
特に、あなたの記事に出てきた「moral distress(モラル・ディストレス)」という言葉が強く心に残りました。このことについては、まだ十分に語られていないのではないかと思います。
実は私も最近、ドイツの病院で自分が経験したことについて記事を書きました。日本とドイツでは制度や文化に違いがありますが、その一方で、驚くほど似た問題もあるのかもしれません。
私も医療職なので、共感することが多く、
自分ではまだ言葉になっていなかったことを、代弁してくださったようにも感じました。
私もこうなったらいいという理想と現実に、
やり切れなさを感じることもありますが、
今自分が出来ることを尽くしていきたいと改めて思いました。
ありがとうございます😊